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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)12748号 判決

原告

小川幸枝

ほか五名

被告

古田浩明

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告井田善信に対し金七五〇万円、同井田治喜及び同井田美加子に対し各金一二〇万円、同小川幸枝、同阿部順子及び同井田健二に対して各金二三〇万円、及び右各金員に対する平成三年一月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

第二事案の概要

本件は、被告が運転する普通乗用自動車と訴外井田千代子(以下「亡千代子」という。)が運転する自転車が交差点で衝突したのであるが、被告進行方向の信号機の表示が青であつたか否かについて争われた事案である。

一  争いのない事実

1  交通事故の発生

(一) 発生日時 平成三年一月二五日午後五時二〇分頃

(二) 発生場所 鳥取県境港市幸神町二二〇番地先路上

(三) 関係車両 亡千代子運転の足踏自転車(以下「原告車」という。)被告運転の普通乗用自動車(福山五七た八四〇九、以下「被告車」という。)

(四) 事故態様 被告車が交差点を南から北に直進し、原告車と衝突し、亡千代子が死亡した。

2  損害填補

原告らは自賠責保険から一三三四万三一五二円の支払いを受けた。

二  争点

1  過失、過失割合

(一) 原告の主張

亡千代子は、本件交差点を西から東に渡ろうとしていたものであり、その時の対面信号は青であつた。

被告や本件事故の目撃者は、いずれも対面信号は青であつたと述べているが、被告及び目撃者は、本件交差点から数一〇〇メートル手前の交差点を、それぞれ右折、左折しており、その交差点と本件交差点との間に信号機の設置された交差点があり、その交差点の信号機の表示についての正確な記憶がないのにかかわらず、本件交差点の信号機の表示についてのみ一致した記憶を示すのは不可解であり、被告が地元の自衛隊員であることから非難を回避するため何らかの策を労したとも考えられる。

仮に、亡千代子の対面信号の信号機の表示が赤であつたとしても、被告は交差点手前で「考えごとを始めた地点は〈1〉」と実況見分調書にも記載されているように、注意がおろそかになつており、現場は見通しがいいのであるから、少しの注意をすれば本件事故の発生を防げたものであり、被告の過失の程度は大きい。

被告車の所有名義は被告の妻になつているが、主に使用していたのは被告であること、車の代金を被告が支払つていることから、被告及び妻の共有であり、被告に運行供用者責任がある。

(二) 被告の主張

被告車の所有者は被告ではなく、被告は運行供用者でないから自賠法三条の責任はない。

仮に、運行供用者に当たるとしても、本件事故発生について被告には何ら過失はないのであるから、自賠法三条但書により被告は原告らに対して損害賠償責任がない。

被告が対面信号機の青の表示に従つて本件交差点に進入したことについては、被告、目撃者の各証言により明らかである。

被告の実況見分調書に記載されている「考えごとを始めた地点は〈1〉」の供述部分は警察官から「事故が起こつたのであるから何か考えごとをしていたのであろう」、と言われて右の記載になつたのであり、そのことから直ちに前方注視を怠つたことにはならない。

また、本件事故は、被告が亡千代子を発見した時点で、亡千代子までの距離は一三・三メートルしかなく、被告は急ブレーキを踏んでハンドルを右に切つたものの、結果的には衝突したものであり、被告には結果回避の可能性はなかつた。

仮に、被告が損害賠償責任を負担するとしても亡千代子には信号機の表示を無視した過失があるので大幅な過失相殺がなされるべきである。

第三争点に対する判断

一  本件事故の概要

証拠(甲一、二、三の一乃至七、四の一乃至六、五の一乃至六、六の一乃至一一、七、八、九の一、二、一〇、一一、一二の一、二、一三、一四の一乃至一〇、検甲一乃至五、乙一、二、三の一乃至二一、四、五、証人児玉國雄、原告阿部順子、同小川幸枝及び被告各本人)によれば、以下の事実が認められる。

本件事故が発生した現場(以下「本件交差点」という。)は、南北に通じる市道産業中央線(以下「南北道路」という。)と東西に通じる道路(以下「東西道路」という。)とが交わる信号機の設置されている交差点である。

南北道路は、片側一車線で道路幅は路側帯部分を含めて一〇メートルであり、東西道路の道路幅は五・九メートルであり、アスフアルト舗装され、平坦であるが、路面は雨で湿潤であつた。南北道路も東西道路も前方の見通しは良く、最高速度規制は五〇キロメートルで、追越しのためのはみ出し規制、駐車禁止がある。

被告は、自衛官であるが、事故当日は勤務先の部隊から誠道町にある本屋に向かうため、県道米子空港線を走行して南北道路との交差点(以下「A交差点」という。)を左折し、本件交差点に至つたものである。

被告は、実況見分調書添付の交通事故現場見取図(以下「現場図」という。)〈2〉地点で〈ア〉地点に亡千代子の自転車を見てブレーキをかけたが、〈3〉地点で被告車の左側前部と亡千代子の自転車のハンドルとが接触し、亡千代子は〈ウ〉点に転倒した。

二  信号機の表示について

本件交差点での信号機の表示については、以下のとおり、被告の進行した南北道路の交差点の表示は青であつたと認められる。

被告は、捜査段階から公判に至るまで信号機の表示は青であつたと一貫して供述しており、供述自体に矛盾がないこと、現場の目撃者である児玉國雄(以下「児玉」という。)は、被告車の二、三〇メートル後方を進行して本件交差点に至り、信号機が青であつたことや事故状況を目撃しており、その供述は具体的で信用でき、被告の供述を裏付けるものである。

原告らは、A交差点と本件道交差点との間にも信号機の設置された交差点(以下「B交差点」という。)があり、B交差点の信号機について被告と児玉では記憶が明確でない、と主張する。被告は、公判廷での供述でA交差点を青で左折し、B交差点は点滅信号で黄色表示で通過したと供述し、児玉は、A交差点で右折し、B交差点の信号は点滅信号ではなかつたと供述しており、双方の供述に相違があるが、B交差点は、本件事故の通過点での信号機であり、本件事故現場の交差点の信号機での記憶と比較して本人にとつて特別な意味を持つものではなく、双方の記憶が異なつていたとしても、本件交差点での信号機についての供述の信頼性が損なわれるものではない。

なお、原告小川幸枝の証言によれば、現場にいた子供二乃至三人が「おばあちやんは青で渡つていたのに」と述べた、ということを聞いた人がいたとのことであるが、右証言は間接に伝聞したものであるので、措信し難い。

三  過失・過失割合

他方、被告は、実況見分調書の指示説明部分では「〈1〉地点で考えごとを始めた」、と述べ、公判廷では、「右供述は取り調べ段階で警察官から事故が起こつたのであるから何か考えごとをしていたのであろう、と言われて右の記載になつた」、と供述するが、亡千代子に気づいたのが衝突地点から一三・三メートル手前であることからすると、余りにも気づくのが遅れていることになり、前方を注視するのを怠つていたと認められる。

また、被告は、本件交差点へ進入するに際し、信号機の表示が青であつたとしても、交差点付近の状況について良く注意して進行しなければならず、それをせずに進行した点で前記前方不注視の過失がある。

以上認定した事実をもとにすれば、本件事故における被告と亡千代子の過失割合は、被告が三〇パーセント、亡千代子が七〇パーセントである。

四  責任

被告車の名義は被告の妻であるが、被告車の購入代金を被告が支払い、被告が使用していたものであることが認められるので、被告は運行供用者責任がある。

五  損害額(括弧内は原告らの請求額である。)

1  治療経過

亡千代子は、本件事故により、頭部外傷、脳内出血、外傷性硬膜下出血の傷害を受け、本件事故日である平成三年一月二五日から同年二月一三日まで鳥取県済生会境港総合病院、同年二月一四日から同年三月九日まで鳥取大学医学部付属病院、同年三月九日から同月二〇日まで鳥取県済生会境港総合病院、同年三月二一日から平成四年八月一二日まで広江病院に各入院し、平成四年八月一二日に脳梗塞等により死亡した。

2  治療費(一六万〇一七〇円) 一六万〇一七〇円

治療費については、鳥取県済生会境港総合病院分二万五五三〇円、鳥取大学付属病院分一万九〇四〇円、広江病院分一一万五六〇〇円、右合計一六万〇一七〇円であることが認められる。

3  入院雑費(七三万四五〇〇円) 七三万四五〇〇円

亡千代子は前記各病院に合計五六五日入院したのであるから、一日当たりの入院雑費を一三〇〇円とすると、入院雑費としては七三万四五〇〇円が認められる。

4  付添費(二四万七五〇〇円) 二四万七五〇〇円

亡千代子の入院期間の内、広江病院は完全看護であるが、右以外の入院期間五五日については、原告小川幸枝らが付き添つたことが認められ、亡千代子の症状から付添は必要であるので、一日四五〇〇円として付添費を算定すれば二四万七五〇〇円となる。

5  休業損害(四二六万五七五〇円) 一四四万三九五一円

本件事故当時、亡千代子は七三歳であり、夫の井田善信(以下「善信」という。)と二人で生活し、子供達はそれぞれ独立しており、次女阿部順子が近くに住んでいた。亡千代子は夫とともに畑作農業をし、家事もしていた。

農業所得の資料が提出されていないので、損害がいくらであるか算定するのが困難であるが、本件事故により夫善信の世話が出来なくなつたことも含めて、亡千代子の休業損害は、平成三年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計女子労働者六五歳以上の平均賃金二七九万八五〇〇円であるので、右金額を三六五で除し、一日当たり七六六七円としてこれに入院日数五六五日を乗じると四三三万一八五五円となり、右金額の三分の一程度である一四四万三九五一円を休業損害とするのが相当である。(小数点以下切り捨て、以下同じ)

6  逸失利益(一〇八九万五九六五円) 二四八万四七一三円

原告らは、亡千代子の逸失利益として、主婦であるとして、賃金センサスに基づき請求するが、亡千代子は死亡当時七四歳であり、生前は前記認定のとおり善信と二人で暮らしており、子供達も独立しているのであるから、一家の主婦として子供達を養育する働きはなく、夫の世話はあるものの、右は独自の逸失利益として算定する程のものでもないから、原告の請求は理由がない。

亡千代子が死亡前に厚生年金保険金四五万五二〇〇円、国民年金一七万七三〇〇円を受給していたことが認められ(甲九の一乃至二)、亡千代子は死亡により右各年金の将来の給付が失われたのであるから、右年金合算額六三万二五〇〇円を逸失利益とし、生活費控除を六〇パーセントとし、平均余命一三年として新ホフマン係数により損害の現価を算定すれば、次の算式のとおり二四八万四七一三円となる。

632500×0.4×9.821=2484713

7  入院慰謝料(五〇〇万円) 三五〇万円

亡千代子は本件事故に前記傷害を受け、死亡するまで長期間入院生活を余義なくされたものであり、脳内出血等による意識低下、痴呆症状もみられその精神的苦痛は大きいものであり、慰謝料としては三五〇万円が相当である。

8  死亡慰謝料(五〇〇万円) 二〇〇〇万円

亡千代子の死亡慰謝料は二〇〇〇万円が相当である。

9  原告らの固有の慰謝料(一七〇〇万円) 〇円

原告らは固有の慰謝料として、原告善信五〇〇万円、同井田治樹及び同井田美加子各一五〇万円、同小川幸枝、同阿部順子及び同井田健二について各三〇〇万円をそれぞれ慰謝料として請求するが、右の損害分はいずれも亡千代子の慰謝料認定分に含まれており、更に固有の損害としてみとめる理由はない。

10  葬儀費用(二〇〇万円) 一二〇万円

葬儀費用としては一二〇万円が相当である。

11  小計

以上によれば、亡千代子の損害額は二九七七万〇八三四円である。

六  過失相殺

右認定額を前記認定した過失割合で過失相殺すれば、損害額は八九三万一二五〇円となる。

七  結論

原告らは自賠責保険から一三三四万三一五二円の損害填補を受けているのであるから、右金額から前記認定した金額から損害填補分を差し引くと残余はなく、その余の判断をするまでもなく原告らの請求を棄却する。

(裁判官 島川勝)

交通事故現場見取図

〈省略〉

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